张波 法政大学(加油!留学生13) 小酒館*.:?*?‘??.?.:*:留学生

来源:百度文库 编辑:神马文学网 时间:2024/04/26 08:06:24
张 波  女 北京市 法政大学
张波是法政大学政治学科的学生,她参加了东亚问题研究会。她说:“我是研究会的干事,联系会场,收集会费,询问大家喜欢吃什么,还要确认参加人数······”研究会有17名会员,其中有2名是留学生。张波在研究会里有人气,老师和同学都向她询问有关中国的事情。为了回答问题,张波认真学习,增加了知识。在研究会里大家可以学习,研究,还可以和朋友谈论人生。二年级结束的时候,研究会会长说:“张波在研究会里很重要。”法政大学从二年级生开始都要叁加少人数的研究会,张波找到了适合于自己存在的地方。
张波在北京的短大学习过贸易日语,她喜欢外国喜欢外语,向往着考进四年制外语大学。但是她的高考成绩不太理想。张波的高中时代是在清华大学付属高中度过的。因为家在天坛公园附近,所以她住进了学生宿舍。她回忆自己的高中时代:“那时的生活就像个机器人一样”。每天早晨六点钟起床,七点半开始自习,八点到下午四点半全是上课,晚上六点开始自习。大家全忙着学习,那些走读的学生也都是在学校从晚八点学习到晚十点。学生宿舍晚上11点关灯。如果熄灯时被警告三次以上就要受到处罚。张波当时想只要进了好高中就能进好大学,但她不习惯这种严格的生活纪律。
张波说她的高中时代除了学习还是学习。而她的家庭充满了自由的气氛,父亲是外交官,母亲是纺织厂的干部。从小学2年级到6年级,全家随外交官的父亲在英国生活。后来,父亲又在原苏联和瑞典等国赴任。与父亲不同,大多数时间里,张波和姐姐以及祖母都住在北京。从孩提时代开始,家里就充满了外国货-父亲从国外买来的礼物:巧克力,衣服,大衣,裙子以及镶在框里的图画等等,都是当时中国没有的东西。他说:“在某种意义上,我是一个娇小姐,现在回想起来还蛮开心的呢······”大概她就是从那时起开始意识到外国了吧。
张波上短大时,叁加了日语学校的说明会,办理了入学手续。她6月报名,8月份拿到了入学通知书。9月开始买东西,做赴日准备。那年的10月,张波到了东京,在日语学校学习。她在短大时已经拿下了日语2级资格,来日后她更加努力学习,不久,通过了日语1级考试。张波考大学那年是留学考试的最后一年,一共考了三门:英语,数学和历史,她报考了两个大学,最终选择了法政大学政治学科的国际政治专业,理由是:“学校在东京中心,又是6所名校之一。”细想起来,她觉得自己从孩提时代起就深受外交官父亲的影响。
记者问她:“你今天带了这么多书啊。”张波回答说都是关于靖国神社的书。研究会在研究探讨“靖国神社问题”,自己却对此知之甚小,所以找了一些书籍研究一下。张波拿着5,6本书,说是从图书馆借来的。她说自己对世界上的事情知道得太少。
“你有些什么爱好?”她回答说:“我爱买些小玩意儿,还喜欢在网上竟拍和购物。”
“经常吗?”我问。
“一般都是在通信贩卖上买衣服,或去店里买杂货。”
张波说她爱买些眼镜,手机贴纸,化妆品等等。如果仅看外表的话,张波和日本的大学生没什么两样,根本看不出是外国留学生。看来她正在充分享受自己的学生生活。
我让她给今后即将来日本留学的同学提些建议,她的脸上浮现出笑容,但毅然决然说:“没有钱的人,为了挣钱的人,最好不要来日本留学。如果真想学习,最好选好日本的一个领域,这一点非常重要。”
最近一个月的收入与支出
收入
打工    80,000日元(假期是短期打工可得18~19万日元)
奖学金  52,000日元
合计    132,000日元
支出
房费   60,000日元
交通费 5,000日元
伙食费 25,000日元
电话费 4,000日元(手机)
书刊费 3,000~5,000日元
娱乐费 15,000日元(聚会,看电影,服装等)
教科书 4月约2~3万日元
储蓄   无
合计   132,000日元
参考HP
http://www.hosei.ac.jp/
(<<出国与就业>> 04年7月登载、xiyuannei)
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張 波(法政大学)
「私、大学のゼミの飲み会係りなんです。会場を予約したり、会費を集めたり、何を食べたいかの好みを聞いたり、人数の確認をしたり???。」張波は法学部政治学科なので「東アジア研究」のゼミに入った。17人のゼミ生のうち留学生は2名。張はゼミの人気者だ。中国のことについて先生からも同級生からもいろいろなことを聞かれる、そのたびに、勉強して知識を深める。ゼミは勉強したり研究したり友達と人生を語り合う場だ。2年生の終わりのときにゼミ長に「張さんはホントに大きな存在だな」言われた。自分を認めてもらい自分の居心地のいい場所を見つけることができた。法政大学では2年生から少人数で勉強するゼミに所属する仕組みになっている。
張は北京の短期大学で貿易日本語を勉強した。外国と外国語の好きな張は4年生大学の外国語大学に進学したかった。しかし、それだけの成績が高校時代に身につかなかった。張は中学時代に清華大学付属高校を受験して入学した。張の家は北京の天壇公園の近くなので寮に入った。「高校時代の生活はロボットみたいだった」と張は言う。毎日、朝6時には起床、7時半から自習、8時から16時30分まで授業、18時から自習時間が始まりみんな勉強を始める。自宅通学する学生も20時から22時まで学校で自習。そして寮は23時には消灯になる。消灯は3回注意されたら処罰された。「いい高校に入るといい大学に入れる」と思った張には、厳しい生活規則はなじめなかった。「勉強時間以外はみな勉強」という高校時代だった。
張の家は自由だった。父は外交官で、母は縫製工場の職員だった。小学2年から6年まで家族でイギリスに暮らした。その後も父はデンマーク、旧ソ連などに赴任した。張は姉とおばあさんと北京で暮らす日が多かった。子供の時代から家には外国のものがたくさんあった。父はいろいろなものをおみやげに買ってきてくれた。チョコレートの包装、洋服、コート、スカート、額縁入りの絵画などそのころの中国にはないものが家にはあった。「わたし、ある意味でお嬢さんだったんです。いま考えたらウキウキしていた???。」と語る。その頃から、外国を意識している自分があった。
短大の時に説明にきていた日本語学校に入学手続きした。6月頃申し込み、8月に許可証が届き、9月に買い物などして日本に行く準備をした。10月から東京にある日本語学校に入学した。すでに短大時代に日本語2級の資格を取得していた張は、更に日本語に磨きをかけ日本で日本語1級の資格を取得した。張は従来の留学試験の最後の年だった。英語と数学と歴史を受験した。大学は2つ受験して、入学は法政大学を選んだ。「都心にあるし、東京6大学の一つだから」という理由だ。法学部政治学科の国際政治コースを選んだ。考えてみればこれも自分が子供のころから外交官である父の影響があったのかも知れない。
「今日はたくさん本を持っているね。どうしたの?」と聞くと靖国神社に関する本だという。ゼミで「靖国問題」について研究会をするが、自分は靖国問題について何もわかっていない。本を読まなくては???と5~6冊、図書館から関連図書を借りてきた。小学校6年の時にあった「天安門事件」は自宅待機をさせられ何が起きていたかまったくわからなかった。世の中のことをあまり知らなかった自分を発見した。
「趣味は何?」と聞くと「雑貨の買い物とインターネットのオークションの買い物と販売かな!?」と答える。「よく買い物に行くの?」と聞くと、「通信販売で洋服、お店では雑貨を買うことが多い」という。雑貨はグラス、かさたて、携帯電話に貼るシール、化粧品など。日本の大学で勉強している留学生だが、ほとんど日本の学生と変わらない、自由で楽しい学生時代を楽しんでいる張波の姿がある。
これから日本留学したい人へのアドバイスを聞くと「日本に留学しないほうがいい」と言う。張のその心は「お金のために日本に来る人」「お金がない人は日本に来ないほうがいい」「留学するなら日本の一つの分野を狙って興味あることを勉強すること。これが大切だと思う」張波は笑顔でしかし毅然と言った。
張波、女、25歳、原籍 北京市。1997年7月北京清華大学付属高校卒業。2000年7月海淀走読大学卒業。2002年メロス日本語学校終了。2002年4月法政大学法学部に入学、現在3年生。
参考HP
法政大学   http://www.hosei.ac.jp/
最近1か月の収支
収入
アルバイト  80,000円(今は大学のAV教室の受付係り。
時給1,100円。夏休みなどは短期バイトで18~19万稼ぐ)
奨学金   52000円
合計     132,000円
支出
部屋代(水光熱含む) 60,000円
交通費       5,000円
食費        25,000円(自炊?外食)
電話代       4,000円(携帯電話)
書籍など      3,000~5,000円(専門書など。法律の本は高い)
娯楽?日常費   15,000円(ゼミの飲み会、映画、雑貨、洋服、ビデオのリースなど)
貯金        貯金はしないで使う。
教科書代      4月に約2~3万円かかった。
*入学金?授業料は親が払ってくれた。
# by xiyuannei |2004-12-13 06:18 |留学生 |Trackback |Comments(0)